略歴 - 中原淳一ホームページ

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1913年(大正2年)
香川県大川郡白鳥町(現・東かがわ市)に生まれる。
1928年(昭和3年)15歳
私立日本美術学校洋画家に入学。絵画研究所にも通い始める。
1930年(昭和5年)17歳
上野広小路の高級洋品店にオーダー服のファッションデザイナーとして迎えられる。
1932年(昭和7年)19歳
銀座松屋にて『中原淳一・第一回フランス・リリック人形展覧会』を開催し、新聞雑誌にて絶賛。
一躍有名になり『少女の友』と専属契約を結ぶ。
1933年(昭和8年)20歳
『少女の友』の付録を手掛け売り上げが倍増。日本美術学校を卒業。
1935年(昭和10年)22歳
『少女の友』の表紙絵の担当が始まる。
1939年(昭和14年)26歳
麹町に淳一グッズの店『ひまわり』を開店。
洋服・バッグ・人形・便箋等を販売し女学生の人気を得て通信販売を始める。
1940年(昭和15年)27歳
軍当局の干渉により6月号を最後に少女の友を降板する。
初のスタイルブック「きものノ絵本」刊行。11月、宝塚のトップスター葦原邦子と結婚。
1945年(昭和20年)32歳
3月:召集され横須賀海兵隊に入隊。
8月:復員し出版の準備を始める。
1946年(昭和21年)33歳
婦人雑誌「ソレイユ」(のちに「それいゆ」)創刊。
「ヒマワリ社」(のちに「ひまわり社」)を会社組織化。
1947年(昭和22年)34歳
月刊少女雑誌「ひまわり」を創刊。
1948年(昭和23年)35歳
「ひまわり音楽と舞踏のつどい」を開催。
プロデュース・演出・衣装を手掛け、好評のため以降恒例化。
1950年(昭和25年)37歳
日本初の本格派ミュージカル「ファニー」を開催。
プロデュース・演出・衣装を手掛け、話題を呼ぶ。
1951年(昭和26年)38歳
渡仏、「それいゆ」「ひまわり」のほか新聞やラジオにパリ便りを寄せる。
1952年(昭和27年)39歳
帰国。帰朝第一回ファッションショーを開催。
1954年(昭和29年)41歳
「ジュニアそれいゆ」を創刊。
1958年(昭和33年)45歳
テレビ番組「中原淳一のおしゃれおしゃべり」の収録中、心筋梗塞で倒れ入退院。
1959年(昭和34年)46歳
テレビ番組「花の日記帳」の脚本を担当、バラエティ番組のはしりとなる。
脳溢血で倒れ入退院後、自宅療養となる。
1960年(昭和35年)47歳
自宅で心臓発作を起こし入院、仕事の禁止と5年間の安静を宣言される。
1961年(昭和36年)48歳
退院し千葉県館山市塩見にて療養を始める。
少しずつ元気になり、人形作りや執筆活動を開始。
1970年(昭和45年)57歳
新しい月刊誌「女の部屋」を創刊。
この年、病で3度倒れ、5号をもって廃刊。
1983年(昭和58年)70歳
4月19日、永眠。